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約時被機~北豊教区布教大会&青蓮会勉強会


10月は基本的に勉強の季節です。

というのも、9月はお彼岸の月で行事をするお寺が多く、11月以降は御正忌報恩講の季節なので、また法要行事が多くなりますが、その合間の時期という事で10月は各お寺の行事が少なくなるため、組や教区などの行事が増えるのです。勉強会や研修会もこういった合間の時期に多く組まれます。結果として、むしろ忙しい月になったりするのですね。

 

さて、21日は北豊教区の布教大会にお聴聞に行ってまいりました。

昼席は3名の出向者ですが、みんな私より年下です。良いような、悪いような。

その中には当山の法務員・嶋津君だったり、組内の若御院家さんも含まれます。知っている人ばかりだったので、行ったというところもありますが、楽しみに伺いました。色々と感ずるところの多い一日でした。

 

22日は、青蓮会の勉強会が両徳寺で開催されました。今は正信偈の中でも道綽禅師様のご讃嘆をして頂いております。その中で、一つのキーワードとして出てくるのが「約時被機」という言葉。

 

仏教という教えの目的は仏になることです。そのためには智慧を磨いていかなくてはなりません。しかし、実際には智慧を磨いていくことなんて誰も求めておらず、むしろ欲望の満足のみを求めて生きているのが我々です。その時代の趨勢の中で、智慧を磨いていくことを目指すというのは困難というか、不可能に近い話です。まして、仮にその中で智慧の話を聞き、その心を起こそう、磨こうと思っても、その思いがどれほど続くかというと、全く続かないのが私たち。理想を掲げても、その理想に向かって歩もうとすらしないのが私の本当の姿なのです。

 

私たちはどこかで、理想の話を聞けば、自分が理想に近づいた気になるのですが、それは気のせい。本当の私の姿は何も変わってないのです。それが人間の悲しさだと思います。その私たちに理想に向かって歩んでこい、そうしたら幸せになれると言われても、雲をつかむようなはなしです。私の実情にそぐった歩みはどんな道なのか?そこに「約時被機」というキーワードがあります。変われといわれても、変わらない私のために示された道、往生浄土、この道しか歩める道はないと道綽禅師様は見定められたし、法然聖人・親鸞聖人も同様です。

 

その変わらぬ私のために、変わってくださった阿弥陀様のお話を聞かせて頂いたことです。

 

さて、明日は大分で今月最後の布教です。

明後日、明々後日は壮年会の旅行で京都です。

南へ東へ、、、何か最近移動が多いです。この2か月一体何キロ動いたんでしょうね。

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